海の小鳥
別冊マーガレット1978年8月号に掲載。
個人的にはすげえ感慨深いんだわ。だってワタシが「なかよし」ではなく「別マ」を進んで買った最初の号だもん。それから数年「別マ」の日々でした。
湘南・逗葉の海ぞいに生まれ育った若者達。たけるもその一人だった。
だがその日、彼は元気が無かった。ずっと好きだった子にふられたのである。「忘れっちまえ!」と友人達は言う。
彼らは集まって、海にヨットの模型を浮かべるところだった。そこで彼らは一人の少女と出会う。「みま」と名乗る少女は、海辺のものにいちいち新鮮に反応した。そして彼らのヨットの話にも―――
五人は、いつかは大きなクルーザーを作ることを夢見ている仲間だった。
「みま」はそれから時々彼らの前に姿を現した。自分は「葉山の子」だ、と彼女は言うのだが、海鳥の名もよく知らないらしい。だけど彼女が腕を広げている姿は、鳥のようだ、とたけるは思った。
ある日港で、みまと一緒に、皆で集まる。そこへたけるを振った彼女が、友達や男を連れて通りかかる。たけるの表情が変わる。そこへみまがすっ、とたけるの腕に手をかける。彼女は絶句する。
後でみまは言う。「とっても好きな人に好かれないって とってもかなしいでしょう?」
帰るみまに彼らは言う。みまがいないとつまらない、と。みまはその言葉に喜び、いつか彼らのクルーザーに乗せてほしい、と頼む。
だが逗子のマリーナで、大きなヨットに乗ったことがある、とみまは言う。以前彼女を迎えにきたのも、黒塗りの車だった…皆しらけてしまう。「令嬢にしてはらしくない」と皆思うが…
そこへ突然の風雨。模型のヨットに入れておいた資金が―――アルバイトして貯めていたヨット資金が流されてしまう。あきらめかける彼ら。あきらめないで、と言うみまに、つい冷たく「金の重みが違う」と言ってしまう彼ら。
だがやつあたりということに彼らはすぐ気付いた。
「よかった みま要らないっていわれたら どうしようと思ったの」
次の休み、彼らはしきり直しをすることにする。そしてたけるは船の名前を決める。「MIMA号」と。
だが模型ができ、名前を入れ、持ってきた日、みまは来なかった。
彼女の「別荘」にたけるは訪ねていく。そこで彼が知ったのは、彼女の長い長い孤独と、今の境遇だった。父親と母親は彼女が生まれてすぐ別居。母親は彼女に振り向かない。そして一ヶ月ほど前、父親は気の遠くなるような借財を残して亡くなった―――
母親は彼女を置いて、男のもとに走ったという。
彼女はずっと孤独だったのだ。なのにこのところ彼ら五人のことを生き生きと話していたという。
みまは東京の親戚に引き取られていったという。
たけるは仲間にその話をする。そして彼らは彼女が帰ってくる日のために、自分達のヨットをがんばろう、と思うのだった。
私的考察
文芸だ〜どらまちっく、とはまるで違うけれど、「海」色した切ない話ざんす。これがもっと大人だったら何ですが、みまちゃんが子供で、しかも寂しい子供だったあたりが、切ないのだった。うるうる。
でもガキの頃読んだ時にはよく判らなかったですな。