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「湘南綺譚」シリーズ

SAKURAに掲載されたシリーズ。
これだけ作品があるなら、ちゃんと単行本にすれば良かったのに、と悔やまれる。
・・・という読者の声が通ったのか、平成15年5月にあおば出版さんから文庫化されました。



横浜綺譚
(1990.11)
  「恋愛倶楽部」(結婚協奏曲平成14年6月8日号増刊)に再録されました。「湘南綺譚シリーズ」の記載はない

 横浜・本牧。
 道院は米軍PX跡地でスコップを持った女性に出会う。8年前のキャンプ地の返還後、様変わりしてしまった場所に彼女は戸惑う。スコップで何をするのか、と訊ねた道院に彼女は答える。「スコップったら掘るのよ 土とか」「―――お墓」
 横浜は、道院の青春時代の場所だった。優等生と平行してライヴハウスに入り浸っていた彼。刑事をしている当時からの友人・武衛と話すうち、当時入れ込んでいたロックバンド「ダーク・ウイング」のことを思い出す。
 食事をしたあと、ライヴハウスに行く彼等。そこで見たのは、昼間のスコップの美女だった。「M」という名でステージに上がっている彼女は、「ダーク・ウイング」のヴォーカリスト「もりい」だった。
 懐かしさも手伝ってか、翌日武衛の職場まで押し掛けて話をする道院。彼はその昔、ドラマーの「のえる」と親しかったのだ。
 もりいとのえるが失踪して「ダーク・ウィング」は解散に追い込まれたという噂があったのだ、と武衛は道院に言う。事情を知っていたのではないか、と。
 PX跡に行く道院。もりいはそこに居た。そして土を掘り返している。
 彼女は言う。道院とのえるが一緒に居るところを見るは嫌だった、と。自分はいつも彼に対して最高の女を務めていたけど、プレイヤー仲間でも何でもない「ふゆと」との純粋な友情には入り込めなかった、と。
 警察がやってくる、と道院は場所を移す。埠頭で彼女は話す。のえるはドラッグで死んだのだ、と。自分のベッドの上で凄い顔をして死んだ彼を、誰にも見せたくない、と2晩かけてPX跡に埋めたのだ、と。彼女はニューヨークで歌っていたが、本牧が変わってしまった、と聞いて帰ってきたのだという。
 だがのえるはそこには埋まっていなかった。掘り返した武衛が持ってきたのは、彼のスティックだけだったのだ。もりいはそれを持って立ち去る。
 「移してどこぞの無縁墓地にでもいれたんだろ お前が」と訊ねる武衛に、道院は言う。「僕にだって 嫉妬心や独占欲はあるんだよ」
 彼はこの地に、自分かず移したのえるの墓参りに来ていたのだ。


冬の海で待ってる
(1991.2・4)

 辻堂―――湘南海岸付近に越してきた薬科大学一年の浅海藍。
 フリーの編集をやっている母親が20年も離れていたというこの地。ぶらぶらしているうちに、古い家を見つける。廃屋かと思われたその家の敷地内で彼女は、「いかにもやくざ」な男達に見つかり、脅される。そこにやってきたのが、その家の主、大学で日本史の講師をしているという道院冬十だった。
 脅された時についてしまった傷の手当をするために、屋敷内に入った藍だったが、付け火に合い、二人で消火活動をすることになってしまう。
 そこへ外からの応援が。助手の朱羅(超越したような美形)が帰ってきて、外の消火栓から水を出して、何とか火事は治まった。
 家に戻った藍は母親にその日の話をする。娘から男性の話をたくさん聞くのは初めて、と彼女は喜ぶ。
 再び道院の家に行く藍。そこで今度出会ったのは、やはり学生で作家もやっている久鬼明だった。朱羅は彼を伴って買い物に出てしまい、藍は道院と茶飲み話をすることになる。彼は藍が生理的に男性嫌いであることを見抜く。
 そんな時にまた先日の男達がやってくる。道院は男達を振り払い、藍を伴って車で東京まで走る。行き先は、財界屈指の桂谷財団のビル―――どんどんと社長室に向かう道院。社長室の扉を開けて彼は言う。「兄さん 大変ごぶさたしております」
 彼は自分の命を狙う異母兄に警告しに来たのだ。これ以上この茶番をやめないと、マスコミにこのことを話す、と。自分はスキャンダルなど怖くもないし、それでつぶれるものも持っていない、と。「むしろ生活のスパイス 楽しく生きてゆける―――」
 久鬼と朱羅が後からやってきて、「証拠」の男達をその場に置いてゆき、四人は悠々とビルを後にするのだった。
 海岸を散歩しながら帰る四人。実はこのこと自体筋書きだったのだ。向こうを怒らせて、大騒ぎにさせて、早く終わらせようという道院の。
 朱羅「悪党なんです あのひとは」久鬼「本性はよ」。


逗葉綺譚
(1992.2)

 久鬼17歳の冬。「その頃憧れていたのは“殺人者”になることだった」
 叔父が亡くなった、という知らせを受ける。
 葬式に出た彼は、従姉の杏奈と再会する。久しぶりに会う彼女は、喪服姿で非常に美しかった。彼女は久鬼の親友でもあった。逗子や葉山の海で小さい頃から遊んだ仲間でもあった。だが伯父はそんな二人がじゃれあうのを好まず、彼を娘から遠ざけた。そんな叔父の行為自体が、彼の中の気持ちを目覚めさせてしまった。だから「最初の“殺人夢”のターゲットは貴志伯父だったのだ」
 久鬼は葬式の場で、杏奈の婚約者だという男を見て愕然とする。自分の方が彼女と居た時間は長いのに、彼女は自分を男としては見ていなかった―――
 杏奈が四十九日も済んだある日、久鬼を誘って海に出かける。婚約者の話をする杏奈。その話を聞きながら久鬼はつい涙を流してしまう。その涙を「自分が泣かせたのか」と唇で吸い取る杏奈。久鬼は激しく思う。「―――死んでしまえ! 殺してやる! 東堂! 婚約者!」
 彼は夢を見る。子供扱いされ、海岸で東堂わ殺す夢。しかしその相手はいつの間にか杏奈にすり替わる。
 その時刻に彼女が事故に遭う。久鬼の幻を追いかけて―――「願っていたのはこれだったのか」
 そして杏奈は彼の中で永遠の女性となる。


雪花石膏の姫
(1992.7)
  「ある愛の詩」(ハムスター倶楽部スペシャル平成14年3月6日号増刊)に再録されました。「湘南綺譚シリーズ」の記載はない

 夏。海辺を散歩する藍と道院は一人の美しい女性を拾う。しかしどうもこの女性、様子がおかしい。記憶が無いのだと言う。だが道院に向かって、無意識にこう言う「…るか」。
 妙な無邪気さで、名前も何もわからない女性は、とりあえず道院の家へと連れていかれる。藍はこの女性に人魚姫を思う。雪花石膏(アラバスタ)のような白い肌の―――
 とりあえず「るか」と呼ばれるようになったこの女性は、ふらふらと出ていった海岸で、男達に身体をまかせる。探しに出てきた朱羅に服を直されながら言う。「まちがえたんだ さがしているひとかとおもって」
 だが翌日もその男と会ってしまうるかは、通りかかった藍に連れ戻される。彼女にお姫様幻想を持っていた藍にしてみれば、彼女のその態度が嫌なのだ。
 しかし道院は言う。娼婦のことを「街角の姫」と呼ぶことがある、と。
 眠るるかの耳に海の音が響く。自分のすべきことを思いだしそうな彼女は、道院の部屋へと入り込む。目を覚ました道院は彼女に問いかける。「それが君の本性か 氷室麻美」。
 彼女はそれが自分であるのかすら判らない。だが道院は知っていた。彼女が会うはずなのは、自分ではない。自分の友人で、「氷室麻美」の恋人だった石津遙だ、と。
 大学時代、道院は友人の遙に麻美を紹介される。麻美は次第に道院にひかれていく。しかし道院はそれを受け入れない。欲しいものが得られないなら誰でもいい、と麻美は多くの男に身を任せる。それを苦に、遙の心もすさんでいく。そのまま無理なクルーズに出て、命を落としてしまう。
 帰郷する麻美と最後に道院は口論になった。「君の本気を信じられない」と。軽々しく死という言葉を言う彼女に。
 道院は今ここに居る彼女に、「いまここに居る」ことで「本気」が判った、と告げる。
 そして「るか」は消える。
 翌朝、藍は日本海のヨット事故の記事を見せる。その写真の「氷室麻美」がるかそっくりだ、と。
 思いは、空を越えて彼のもとにやってきたのだ。存在も記憶も淡く薄く消えかけていたのに、たった一つのことだけは忘れずに。
 かつて彼はこう言ったのだ。「その愛が真実だというなら 古い物語さながらに いつか君の死の瞬間 時空を超えて 僕に会いに来るがいい」
 藍は彼女はやっぱり人魚姫だったのだ、と言う。声の代わりに記憶を無くした…


散華の森
(1992.10)

 9月下旬、久鬼に誘われ、鎌倉の屋敷に出向く藍と朱羅。
 朱羅は「超めだつ姿してるくせに浮世の夢におよそ執着をもたない」と評されるほど、男嫌いの藍にとっても気楽に付き合える相手だった。
 向かいは竹林になっている屋敷に三人は入り込む。
 と、朱羅の前にまりが―――そして少女が飛び出してくる。転がっていったまりを一緒に探す朱羅。なかなか見つからない。「あきこ」と名乗る少女は「もうまり遊びはしない」と言う。
 食事の支度のために竹林に出ると、「あきこ」が前髪を上げて、少し大人びた姿で現れる。
 その姿を他の二人も見たが、現実離れしている、という感想が返ってくる。
 朱羅を置いてとりあえず「それ」が何なのか文献を探す二人。朱羅は一人で森へ。またそこに「あきこ」が現れる。また少し大きくなっている彼女。彼は彼女に会いに来たのだ。
 彼女は「ずっとずっと大切におもってゆける人に会いたい」と願っていたと言う。そしてまた少し大人になる彼女。
 キスするとその姿は消えた―――
 大人にならなかった少女の強烈な思いだけが生きて、望むままに姿を形づくったのだ、と久鬼は言う。朱羅はそれを知っていた訳ではない。ただ共鳴しただけなのだ。
 そして彼が少女を解放したのだ。


海の一族
(1993.10)

 冬休み近づく頃。キャンパスで友人と父親のことについて話す藍。彼女は自分の父親のことは知らない。
 夜、男に送られて帰ってくる母親・紫に父親のことを訊ねるが、彼女はその姿を覚えていないと言う。残されているのは父親の撮った紫の写真一枚だった。
 雪が降るある日、藍は鎌倉、I岬の方で子連れの青年に出会う。青年は子供を「愛」と呼ぶ。少女は母親の記憶がない。
 その晩、仕事で帰れないと電話する紫。その会話の中で出てきた「I岬の家」に彼女は激しく反応する。「あの山の上には家などないのよ!」
 しかし藍は出向く。古い古い屋敷。そこの人々は皆藍を懐かしそうに迎える。そしてまた彼女も、それを懐かしく感じる自分わ不思議に思う。
 しかし、「愛」に案内された青年の部屋には、あの母親の写真と同じものが貼られていた。
 その昔、17歳の旧家の息子と20歳の紫は恋に落ちた。確かにそこに愛があった。生涯の恋人と思い詰めた。だけど紫はそこに縛られるような結婚はできない、と思った。彼は老いた父と母と家を置いていくことはできない、と言ったち。死んでも忘れない、と二人は誓って別れた。
 追ってきた紫の視界には、崖っぷちに立つ藍の姿があった。「連れていかないでっ」と紫は藍を抱き留める。夢を見ていたのだ。父親も祖父母も既に亡く、屋敷も取り壊されていたのだ。
 紫は忘れたつもりだったのだ。忘れようとしていた。だが娘が居る限り、忘れきることはできないのだろう、と彼女は思う。 


私的考察

 これも伊能さんからです。
 で、ワタシの記憶の中に「雪花石膏の姫」はありました。見た瞬間ぱーっと思い出した。
 そういう「見ても忘れているもの」がレディース誌にはある可能性があるんですね。はあ。
 この連作、結構人のどろどろした気持ちを描いているにも関わらず、全体が実にさわやかなんですね。ふう。場所のせいだろうか。ああ湘南。横浜。逗子葉山。神奈川県海側のあちこちは、やっぱり憧れざんす。
 で、その中で「お」と思ったのが「横浜綺譚」。市川さんは滅多に音楽の出てくるものを描かない(あの70年代すらも!/あとは「ヨコハマ・ベーカリー・ブルース」くらいではなかろーか?)ので、「うっわー♪」でした。しかも「魅力的」だったアーティストがドラマーであるあたり!! うううううううツボだ。
 しかしこのシリーズ、一応藍ちゃんがヒロインのような置かれ方はしているのだけど、一番描かれているのは、結局道院のような気がするんですが。



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