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懐古的洋食事情(5)大正洋食倶楽部
集英社YOUコミックス
1996年4月28日発行


*振り袖に氷菓子(アイスクリーム)(YOU1994.7)

 明治41年(1908年)、東京のとある高等女学校に、赴任してきた英語教師・有馬。
 その学校に通う長内佐和子は、父がつい最近男爵位を授けられた話題の人物だった。だがその父親の元々の職業が「金貸し」であったことから、彼女は良家の子女達の中では浮いた存在、「アイスクリーム姫」として知られていた。本人もまた、その名にふさわしいくらい、人を寄せ付けず突っ張っていた。
(高利貸し→氷菓子→アイスクリーム)
 しかし有馬は型破りな英語の授業を展開させながら、次第に彼女達生徒が話し合う機会を見つけていく。
 そしてある日お茶会を言い出す有馬。彼が頼んだのはアイスクリームだった。こだわりからそれを食べられなかった佐和子に、皆の気持ちも和らぐ。
 そこで実は有馬がその昔、長内金融に破産させられた家の出身だったことが明らかになる。彼は当初は報復めいた好奇心もあったが、自分以上にいじけてしまっていた佐和子を見て、教師の使命感に目覚めてしまったと。


*文化的ホールクコットレットの乱(YOU1994.10)

(ホールクコットレット=ポークカツレツ=トンカツ)
 昭和2年秋。双葉はいつも夜遅い夫のお帰りを、仲のいいお姑さんと待っている、文化住宅に住む中流家庭の結婚3年目の若奥さんだった。
 だがしかし旦那が遅いのは実は、芸者・小はんと過ごしているせいだった。
 もうずっと夫婦生活というものが無いことは気付いているし、これでいいことはない、と思い、女学校時代の友人で弁護士の妻である日出子にも相談するのだが、当面できることもない。
 だがある日、小はんが家に訪ねてくる。夫・幸一郎の子供ができた、というのだ。愕然とする双葉。しかしそのことを聞いた「女の一人や二人は男の甲斐性」という幸一郎の態度の方に双葉は落胆する。
 日出子の夫・川久保弁護士から「夫の不貞は成り立つ」という助言をもらい、双葉は自分から夫に離婚を申し出る。ただし、「裁判のつもりより安くしておくから」と当座の扶助料をちゃっかりせしめるが。彼女は得意な和洋折衷の食事を出す店を始めるつもりだったのだ。


*ハンバーグ・アプレゲール(YOU1994.11)

 昭和26年。何とか講和条約も結ばれ、朝鮮戦争の特需景気の中。
 だがだからこそ今、リストラを!という動きが、七星デパートの中にはあった。社長の息子の、七星専務はどうしてもしなくてはならないのか、という疑問は持ちつつ、周囲に押されてしまい、リストラをすることを認める。ただ、それが女子ばかりであったことから、宣伝課に所属している南部唯子を初めとする女子社員達は怒る。
 その唯子はお昼時、芸大に通う弟と日比谷公園で食事している時に七星専務に出会う。彼女は専務に「初めから役つきで入社される次期社長は現場の意識なんて持てない」と痛烈に批判する。
 だがそれをきっかけに、専務は彼女のことが気になり、人事課に問い合わせる。このところ、何かと旧名家の令嬢との見合いが多く、辟易していたのだ。ところが彼女は実は、元子爵家の長女だった。これなら花嫁候補に…と思ったところに、彼女が中心となったストライキの知らせが入る。
 警察を呼ぶのだけは踏みとどまらせ、様子を見ていた専務の視界に、ハンバーグパンの差し入れを持ってくる彼女の弟の姿が入る。そこで気が緩んだ彼女達を押さえようとした社の上層部の前に、専務は旗を持って社員の側に寝返る。


*大正洋食倶楽部(YOU1995.5)

 大正13年・東京。
 中丸子爵家に嫁いだ、深草子爵の末の妹・静子は、先の関東大震災で、自分がごはんも炊けない人間だと気付いて「それはいけない」と目覚めてしまう。
 だがしかし、「良家の」令嬢や夫人というのは、とにかく料理などしたくともその機会が無い。
 そんなある日、仲のいい姑から、友人・長与侯爵夫人が主催している秘密の倶楽部に誘われる。そしてその途中、震災のあとの仮住まいの人々の住宅の前を通り、こんな時に気取ったサロンへ行こうとする自分に釈然としないものを感じる。
 だが到着してびっくり。何とそれは料理倶楽部だったのだ。作るのは昔の文献からだったが、ここには「上流夫人の自立」も確かに含まれていた。
 お米のとぎ方から教わる静子は元々すじが良かったらしく、すぐに上達する。そしてある日、この料理を有産階級の方々に高く買ってもらい、それを震災復興の寄付にし続けよう、と提案する。
 「貴婦人の慈善行為」らしい提案に皆合意し、チャリティーオークションが行われる。だが実は、「内々の楽しみに終わらない」「震災復興の慈善行為」に加え、秘密だったこの趣味を夫にも公表し、これからいつでも作ることができる、という可愛らしい目論みも静子の中にはあったのである。


*ハムの誘惑 ワインの貞操(YOU1995.9)

 昭和2年・鎌倉。
 夫人の自動車死亡事故以来、10年間閉ざされていた桜町家の別荘に灯りが点った。ハム屋の若宮商会の長女・ちよはさっそく昔のお得意を訪ねに行く。
 だがそこで見たのは、息子・洸が学校の友人達と酒や煙草に羽目を外す姿だった。啖呵を切るちよ。洸はそんな彼女に注文をしてまた来る様に、と暗にほのめかす。洸は自分の名前を呼ばれ、それが10年前遊んだ少女だったことを思い出す。
 注文の品を持ってきたちよは、近くから野菜をもらってきて、ちょっとしたお昼を作り、既に冷やされていたワインを添えて二人で食事にする。洸は自分の十年を端的に語る。そこには、事件以来、自分のことなど気にもせずずっと何かを抱えていた父親の姿があった。そんな父をずっと愛している洸にちよはテーブルを乗り越えてキスをする。
 だが洸の記憶とちよの記憶には違いがある。洸の記憶の中のちよは、自分に対する「年上の美しい少女」だったが、父親にしてみれば、「年若い恋人」だったのだ。彼女は桜町の主人が、もうじき自分の元に戻ってくることに気付いた。あの時、門の向こう側でちょっと笑っただけで我を忘れて車を飛ばし、門に激突して亡くなった夫人。「なんて簡単なこと」だと思ったら10年が過ぎてしまっていた…
 しかし今度は人質は、彼女の手の中にあった。


*ライスカレーの永遠(YOU1995.11)

 昭和2年の銀座にある小さな洋食店「自由軒」。
 そこで客あしらいをしているのは、家族で経営するこの店の娘・るな。厨房には母親と祖母。ここは祖母がその昔、お雇い外国人と恋におちて出来た娘と一緒にやってきた店だった。父親は入り婿でそろばんを弾く方に回っている。
 そんな彼女達の店には、様々な業界の様々な人々がやってくる。職業婦人をはじめ、ブルジョワジーから華族、芸術家までやってくる。
 そんな中で、るなは岩室財閥の御曹司・真人と恋仲だった。彼はるなにプロポーズし、彼女もそれに喜ぶが、そこに問題が生じた。次期財閥の総帥となる御曹司と、結婚しても自由軒の仕事を継いで続けていたいるな。別にケンカになる訳ではないが、どうしたものか、と二人は悩む羽目に。二人ともどっちも大切なのだ。
 そこで各界各人に意見を聞くがどうしようもない。しかしやはり…と家を出かけたるな。その戸口で、同じように家を飛び出してきた真人の姿があった。
 そこまで思いこんでいるなら、と二人は、仕事と結婚を両立させる新しい方法を話し合うことにした。どうやらこの40年歴史を持つ「自由軒」と名物ライスカレーの味は生き残っていきそうである。


私的考察

*振り袖に氷菓子(アイスクリーム)
 前深草子爵夫人・長内和歌子の姉の少女時代の話。
 和歌子自身も、「早くからお姫さまとして育てられた妹」として出ているが、確かに「高利貸しの娘」としてそれなりの目を向けられてきた姉に比べ、屈託なく育っているお嬢様に見える。ま、そーだとしたら、確かにその後の「唯一のウィーク・ポイント」が父親になってもしょーもないわ。
 佐和子さんのほうはその分だけ現実と折り合いつけて、社交界とは縁なく楽しい人生を送れそうだと思うけどね。
 ちなみにこの佐和子と和歌子の年齢差は、和歌子が「来年高等女学校」佐和子が「今度卒業」だとしたら、5つ違うことになる。

*文化的ホールクコットレットの乱
 咲久子の弁護士で3〜5巻に出てくる川久保弁護士の妻の友人の話(笑)。
 まあよーすんに「夫の貞操」な話。昭和11年に吉屋信子がこのテーマで小説を書いて思いっきりブームになったという事実もある。
 結構この話で面白いのは、この主人公が「如何にも中庸」っていう格好をとっていることもあるかもしれない。友人日出子は典型的モダン・ガール。小はんは日本髪に和服の美女。で双葉は当時流行の「耳かくし」。この髪型は大正半ばから流行したもので、耳を隠してそのまま後ろで巻いているという髪型。この彼女が最後のコマでは断髪しているあたりがミソか(笑)。
 「この星の夜明け」にもやや通じるところがある一編。

*ハンバーグ・アプレゲール
 唯一の「戦後」作品。とゆーか「陽の末裔」の中で出てきた咲久子の二人の子供の「その後」。
 終戦時点では如何にも(見かけは)お嬢様だった唯子が「事務服(当時よくあったスモックの様な、服の上にすっぽりかぶるようなタイプのもの)」を着て、労働者の一員としてストの中心になってしまっているところはかなり意外。もっとも、「今は従業員の気持ちが判らない経営者なんて長続きしない」なんていう母親譲りの目を持っているところ、今は準備期間、と思っているらしいところがすごい。ま、歳も22歳くらいなんだからしょーもないか。華やかな美貌は母親譲りだが、周囲との融和ができるとこは、父親の子爵譲りと見た(笑)。彼女の格好、耳の上の辺りで二つに分けた髪を結んでいる、というのは明らかに戦後のもの。他の脇役の人々も、その時代特有の髪型をしているのがよろしい。長いコート、長いふわふわしたスカートというのも、実に当時らしい。
 余談だが、「サザエさん」の髪型も、あれはデフォルメしまくっているから変に見えるんだが、あれは実際あった髪型なのだよん。部分部分にきついパーマを当ててアクセントをつける、というのは。
 ちなみに弟の玲くんだが、あの「生活」と無縁だったよーな九門京也の血は引いているはずなのに、「料理がまるでだめ」な姉の代わりにおさんどんやっている様なできた弟になっている。しかし言葉はずさんだな。姉に対して、「あんたのとこの休憩室まで持ってこうか」とか言うあたり。顔も京也ほど浮き世離れはしていない。だけどやっぱり才能は父親譲りらしく、芸大生らしい。
 結構「あの子達はあのあとどーなんのかなあ」というのは気になるとこだったので、この作品は嬉しかったす。「陽の末裔」中で「貴族教育」と同時に「生き残り教育」もされていたらしい二人は実にたくましい。
 ま、おそらくこの後咲久子さんアメリカから帰ってきて、娘を片腕にばりばり事業やるんだろうな。そしてそんな母親と姉を横目に、きっと玲くんはへーぜんと絵描いてると(笑)。

*大正洋食倶楽部
 この回と最終回は、今までの脇役キャラクター勢揃い的な部分もある。
 ここで登場しているのは、主人公中丸静子(深草子爵の末の妹)に加え、自由主義の長与侯爵夫人(軽井沢のゴルフコンペで咲久子に勝っている)・桜町伯爵夫人(桜町の「大奥様」)・岡倉財閥夫人(「トマトの作法」参照)・横浜の生方貿易社長夫人(「横浜の緑叔母様」)・伊東財閥の若夫人(旦那を咲久子に取られかかった人)・伊布院公爵夫人が出てくる。
 この主人公静子さん自身も、2巻の「ビーフステーキ・ア・ラ・モード」の冒頭に少女時代が出てくる。
 しかしまあ、何がおかしいって、伊布院公爵夫人波瑠子さまが、ここでは実に劣等生だってことだろーなあ(笑)。1年たっても料理に関しては初心者で、あっという間に静子さんに抜かされてしまうあたり、プラスそれでもおっとりしているあたりが「波瑠子さま」なんだろーが。
 この作品が描かれた頃は、ちょうど阪神・淡路大震災の後のメンタルケアの話が結構出ていた頃だった。

*ハムの誘惑 ワインの貞操
 この作品はこのシリーズ全般でも異色。
 いや、当初は気付かないんだけど、最後で「え」となったのは事実。
 ここでは、「前桜町伯爵の弟」が不在の「父親」そして主人公ちよの昔の恋人として出てくる。
 はっきり言って、怖い。市川さんは時々「少女の残酷」を描くけど(例:永遠のマゼンタ)、これはこのシリーズを使ったその類だと思う。(もしくはたまたまそういう作品を描きたくて、この舞台を使用したか?)
 この「ハム屋の跡取り娘」さんが、やがて帰ってくる男を確実に手に入れるために、夫人を死なせ、息子を手に入れるなんて誰が考える?
 なまじな怖いムードの作品より、明るくて爽やかな印象があるだけに、最後の1ページでどんでん返しさせられるという好例。最後のコマなんぞ、そのままこの二人が深い仲まで行きそうなムードが…

*ライスカレーの永遠
 ライスカレーで始まったこのシリーズ、最後はやっぱりライスカレー、という訳で最終回であります。
 …ま、「財閥の御曹司」という立場をそう簡単に捨てられるか、という問題はさておいて(…そもそも「洋食屋の女の子」と自由意志でさらっと結婚できる岩室家というのもなかなか謎なんですが)、これもまた、「ソーダ水はお好きでしょう」で提示された「仕事と家庭の両立」問題に絡んではいるんですね。
 ここでは「共稼ぎ・独立した借家に住む・休みはどちらかに合わせる」などの条項を書きだしている図が見えて微笑ましい。
 で、ここではまた最後とばかりに皆さん出てくること。卯乃をはじめとして、社員の畑中さんと息子の一雄くん、北川操と夏目草平(この時点でこの二人は同居しているはずだ)、深草子爵と九門京也(…コロッケを食う子爵とライスカレーの京也…)。
 ま、最後がほんわか大団円、ってところが実にこのシリーズらしいところでした。
 何がこのシリーズの凄いところっていうと、とにかく出てきた料理を食べたくなってしまうところなんだよなあ…ほらここではまたライスカレーが。

 何にしろ、10年間書き続けたこのシリーズ、ご苦労さま、というところでしょう。そしてこの作品は、いつ読んでも楽しめるというところが何と言っても強い!と思いますのだ。



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