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懐古的洋食事情(4)血湧き肉躍る料理店
集英社YOUコミックス
1994年7月27日発行
*ソーダ水がお好きでしょう(YOU SPECIAL 1993.5)
昭和4年初夏。ルイ洋装店に勤める女性洋裁師・久我夏乃は、やはり女性の先輩と一緒に、店の婦人服部を任されている。
そんな仕事に燃える彼女が、ある日どうにも態度が変である。先輩が訊ねると、お見合いがあるのだ、と彼女は言う。自分の腕と仕事に誇りを持っていて、ずっと続けていきたい彼女にとって、結婚自体が避けたいことだった。
ところがその日やって来た客・田所は実は彼女の見合い相手だった。仕事が退けてのち、見合いの場所へ向かいながら二人は話をする。田所は頭の柔らかい男で、仕事をしたいから結婚自体をしないと宣言するつもりだった、という彼女に「それ自体が固まった考えではないか」と言う。そして仲良く将来の話をしながら、二人は資生堂パーラーでソーダ水とコーヒーを呑むのであった。
*台所の伯爵夫人(YOU SPECIAL 1993.6)
大正15年夏。伝統も格式も公爵位に劣らないという家柄の上宮伯爵が結婚した。相手はお気に入りの洋食店の看板娘・たけを。
上宮家に越してきたたけをは、それまでの自分の生きてきたテンポとは2倍3倍に遅いテンポで生きているこの家の人々に驚く。特に宮家出身の義母にそれははなはだしい。伯爵はそんな自分の家のテンポを変え、新しい風を入れてほしい、とたけをに頼む。
料理を通し、たけをは次第に家の中の慣習を変えていく。家政婦頭の曖昧な非難や夫人の無言の微笑なともろともしない。
ところがその夫人が最大の難関だった。同じ歳の「最高の貴婦人」である姪の伊布院公爵夫人波瑠子を呼んで、勢いをくじこうと画策されてしまう。そんな夫人に、たけをは「お庭での」「チキンライスの」正餐を出して夫人に衝撃を与える。だがそんな夫人のショックも、世俗を超越した珍しもの好きの波瑠子の前には何も言えない。そこへ戻ってくる伯爵。忙しないとさりげなく文句を言う夫人に、伯爵は「これが自分達の生活だ」と言い切る。
その後もじわじわと改革は進んでいき、屋敷内の空気は速度を変えていくが、その反面、たけをには、多少ゆったりとした雰囲気が身に付いたらしい。
*花咲ける かすてーら(YOU SPECIAL 1993.8)
大正8年秋。
内務大臣・水島閣下のお宅では、秋から冬にかけてのお客様用のお菓子の注文に余念がない。
そのお得意のお菓子屋・千寿堂の跡取り・至と水島家の姉妹は幼なじみだった。特に長女の大日子は、新しい、良い質のかすてらを作ろうとしている至の仕事を見守ったりと、行き来が激しい。お互いに何も言わないが、理想のかすてらの話をしながら、二人は二人の幸せをお互いに夢見ていた。
ところが妹の高子が実は至のことを好きであることを知ってしまう大日子。長女の自分が見合いを受けて身を引こうと考える。だが、そうは決めたものの、果たして彼以外の誰かと、理想のかすてらの感触にも似たふんわりとした幸せを手に入れられるのかは自分でも疑問だった。
見合いの日、高子は至の作業場にやってくる。その口から見合いの話を聞き、ショックでかすてらのタネをあまり混ぜずに天火に入れてしまう。だがそこでできたのは「理想のかすてら」に近いものだった。至は見合い会場へ連れていってもらい、かすてらを試食してもらい、同時に愛を告白する。大日子はその場の人々に「自分は洋菓子屋の連れ合いになる」と宣言する。
*血湧き肉躍る料理店(YOU1994.1)
明治10年冬。
深草家の若い執事見習い・小次郎は子爵に連れられて生まれて初めて西洋料理店「開化亭」へ行く。
まだ「御一新」から大して年月の経っていないこの時期、慣れない道具で慣れない食事をする人々は、あちこちでトラブルがいっぱい。小次郎も四苦八苦しながらスープに取り組むが、そこをさっと手助けするのが、この店の一人娘・ゆきだった。彼女のおかげでリラックスした小次郎はすっかり洋食を楽しむ。
だがゆきは、こんな高価で一部の人にしか提供できない「本場もの」より、「もっとたくさんの人々に食べやすい西洋料理を自分の手で作って食べてもらいたい」という夢を持っていた。父親は自分に婿を取らせて継がせようとしているが、挑戦したい、と。そんなゆきに小次郎は感動し、その一方、家柄から疑うことなく執事職につくことにしていた自分に疑問を持つ。
ところがある日、子爵がゆきを自分の愛人の一人にしたい、と店の主人に申し込む。娘と店と夢と、話がごちゃまぜになりそうだったところへ、子爵についてきた小次郎は割り込み、「自分を開化亭の婿に」と頼み込む。ゆきは「修行次第」、主人は呆れながらも了承。どうやら二人で夢を追いかけることができそうである。
*トマト−赤茄子−の作法(YOU1994.4)
明治34年。
良家の娘として、花嫁修業にいそしんできた村上和野さんは見合いで話がまとまった嫁入り先の岡倉家へと出向くこととなる。「式の前に家に慣れるため」と向こう側から話があったのだ。母親もまた、今までの自分を真っ白にして、向こうの家風に染まることが自分の幸せだ、と説く。無論和野さんは、それを当然だと受け入れる。
だが出向いた岡倉家は、予想とは全く違った家だった。姑となる夫人は、畳に西洋女服、元気な物わかりのいい人だったし、彼女の覚悟してきた「この家の『家風』」を見つけることができず、当惑してしまった。
何か家事を手伝おうとしても、朝はパンにカフェオレ、昼は和洋折衷、夜は和洋交代のごちそう。そもそも食べることすら珍しいものを作れるはずはないし、台所には充分以上の手がある。昼間、何か役に立てることは、と思って仕立物でも、と思ってもすることはない。自分のしてきたことにだんだん彼女は疑問を持ってくる。
そんな折り、使用人に休みをあげたから、と料理に誘う。ところがそこで提示されたのは、彼女が見たことくらいしかない西洋野菜。これで調理しよう、と言われてパニック。思わず「お暇を」と言うが、そんな彼女に夫人は、「知らないことだったらここで学べばいい」と言う。夫人自身が、「花嫁修業」なぞ役に立たない波瀾万丈な生活を送り、その中で「自分のやりかた」を見つけてきたひとだったのだ。
春、和野さんは実家の母に「新奇な衣装」と言われながらもウェディング・ドレスで結婚式をあげた。
私的考察
*ソーダ水がお好きでしょう
卯乃や牧野りんが洋服を作る「ルイ洋装店」の洋裁師の女性の話。2巻では「もうじきもう一人入るのよ」とこの先輩の女性が言っていたが、どーもその人がこの夏乃さんらしい。
結婚と仕事は両立するか?の命題。これは最近書かれている「ライスカレーの永遠」「野分」とかにも共通する流れなんだけど、…今でも程度の差はあれ、あるよなー。
結局は意識の問題だとは思うのだ。男にしろ女にしろ。ここではこの田所さんが無茶苦茶物わかりのいい男性になっているけど、実際にこの時代、そんな男は滅多にいなかったろう…
*台所の伯爵夫人
伊布院公爵夫人波瑠子さまの叔母さんに当たる方のお家の話。
この話の中でワタシが好きなのは、実は「朝食を作る場面」で、大根をさっさと向いて千六本にしてしまうシーンだったりする(笑)。何せこれで「大根のみそ汁が呑みたいなー」と思ったくらいなんだから。
ま、嫁・姑問題もちょーっとは含むんだけど、とにかく自分のテンポに巻き込んだ方が勝ち、ということだろう(笑)。
しかし波瑠子さまはこのあたりから変だぞ(笑)。本編ではただの「完全な(姫君出身の)貴婦人」だったのに、どーも「浮き世離れした高貴なお方」という印象が前に出てる…
*花咲ける かすてーら
2巻・3巻あたりで上流社会でサロンを開いている水島高子さんとそのお姉さんの話。…例により、本編と高子さんの顔が違っているが言いっこなし。
…しかし、かすてらっていうものに対して、ワタシなんぞは、どーも「パン屋の延長」で考えてしまうクセがあるので、ここで出しているのがどういうものなのかいまいち想像がつかない部分があるのだわ。おそらく長崎かすていらみたいなものだとは思うんだけど。ワタシはあのどっしりと重い感触が好きだったりするので(笑)、ちとばかり想像がしにくかった。
しかしこの水島家もかなりリベラルだな。ここでこーやって洋菓子屋の連れ合いになる、って宣言してそのまま結婚させてしまうのだったら。まあその「千寿堂」さんもでかいお店だとは思うけどさ。
*血湧き肉躍る料理店
深草子爵の…「陽の末裔」の子爵のおじーさん位だと思う。その先々代子爵と、その家老の息子である小次郎くんの話。
現在ちまちまやっている「幕末洋食事始」に一番近い話じゃないかな。
実にすんなりすっきりとしたいい感触の話。たぶん時代のせいもあるんではないかな。まだ女性が法で締め付けられる直前だから。夢を見ても「これから新しい時代」と考えることができた。
まあそれはそれとして(笑)、この話でおかしいのは、洋服を着て洋食を食べる人々が「失礼つかまつった」といか言いながら肉をひゅん、と飛ばし、それに対し「いえお互いさまでござる」と小次郎さんが思わず返してしまう、そういう雰囲気ではないでしょーか。
あの豪奢な深草家のインテリアも、まだこの時点では、「畳にテーブル」だったと思われるし(笑)。
*トマト−赤茄子−の作法
「陽の末裔」で3巻以降咲久子のよい友達となっている岡倉喜一の父母の結婚直前の話、と思われる。
喜一は自分の家庭のことを咲久子に話す時、「祖母なんか未だにやりくり上手のおかみさんからぬけられない」と言っているが、確かにこの夫人ならそうだろう。
しかもこの夫人、「どーせ硬いひとを開くなら思いっきり硬いひとを」ってあたりがよろしい。
…しかしトマト…てんぷらには…したくないぞ…